菅直人(かんなおと)さんの略歴

菅直人(かんなおと)さんのあゆみ

公式HP

1946 年10月10日、山口県宇部市生まれ。

1970 年3月、東京工業大学理学部応用物理学科を卒業。
在学中に麻雀点数計算機を発明。特許を取得。
政治サークル「現代問題研究会」を創設し「全学改革推進会議」のリーダーとして活躍。

1971 年、弁理士試験に合格。
「よりよい住まいを求める市民の会」の運動に参加。

1974 年、女性の地位向上に貢献した市川房枝を第10回参議院議員通常選挙に担ぎ、選挙事務長を務める。(市川氏当選。)

1976 年12月、第34回衆議院議員総選挙に旧東京7区から無所属で出馬し落選。(1回目)
1977 年7月、第11回参議院議員通常選挙で社会市民連合から出馬し落選。(2回目)
1978 年3月、社会民主連合発足。副代表に就任。
1979 年10月、第35回衆議院議員総選挙で社会民主連合から出馬し落選。(3回目)

1980 年6月、社民連合公認で第36回衆議院議員総選挙に初当選。
1983 年12月、第37回衆議院議員総選挙で当選(2期目)。
1985 年、党副書記長兼政策委員長に就任。
1986 年7月、第38回衆議院議員総選挙で当選(3期目)。
1990 年2月、第39回衆議院議員総選挙で当選(4期目)。
1993 年7月、第40回衆議院議員総選挙で当選(5期目)。

1994 年、社会民主連合の解散に伴い、新党さきがけに入党。後に党政策調査会長に就任。
1996 年1月、第1次橋本内閣で厚生大臣(第74代)として入閣。

1996 年2月、薬害エイズ事件で患者ら約200人と会い、国の責任を全面的に認め謝罪した。
1996 年8月、O157による食中毒で「カイワレダイコン危険説」を打ち消す為、カイワレサラダを食す。

1996年9月、鳩山由紀夫と民主党を結成。鳩山と共に共同代表に就任。
1996年10月、第41回衆議院議員総選挙に東京18区より立候補し当選(6期目)。

1998 年4月、(新)民主党の代表に就任。
1999 年9月、党代表選挙で鳩山由紀夫に敗北。党政策調査会長に就任。
2000 年、党幹事長に就任。
2000年6月、第42回衆議院議員総選挙で当選(7期目)。

2002 年12月、代表選挙で岡田克也を破り党代表に就任。
2003 年11月、第43回衆議院議員総選挙で当選(8期目)。

2004 年5月、年金未納が発覚して代表を辞任。同年7月お遍路姿で四国八十八ヶ所巡りに出る。(後に間違いだと判明する。)

2005 年4月、法政大学大学院の客員教授に就任、講義を行う(2005年10月まで)。
2005 年9月、第44回衆議院議員総選挙で当選(9期目)。

2005年9月、衆院選敗北を受けて岡田が党代表を辞任する。党代表選挙に立候補して、前原誠司に敗北。

2006 年4月、堀江メール問題で前原執行部が退陣。党代表選挙に再度立候補して小沢一郎に敗北。党代表代行に就任。

2007 年7月、参院選で民主党が圧勝。いわゆる「ねじれ国会」になる。

2009 年5月、小沢に替わり党代表となっている鳩山由紀夫により党代表代行に再任。
2009年8月、第45回衆議院議員総選挙で当選(10期目)。民主党の圧勝により政権交代が実現する。

2009年9月、鳩山由紀夫内閣の副総理兼内閣府特命担当大臣に就任。
2010年1月、財務大臣を兼務。同時に国家戦略担当国務大臣及び科学技術政策担当国務大臣は退任。
2010年3月、民主党東京都連会長辞任。

2010年6月4日、民主党第8代代表に就任。同日参議院本会議において首班指名選挙が行われ、第94代内閣総理大臣に。


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